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学会のすこし気になるざわついた雰囲気

学会の楽しみのひとつは、質の高い雑談。

ポスター会場などでは、しぜんと旧知の仲間が集まり、近況や、気になるテーマで花を咲かせる光景がいたるところで見られます。

 

日本エイズ学会では、開かれた患者参加型の学会で有名です。

エイズ学会会場には、患者参加が当然ですし、

医療関係者も、研究者も、製薬企業も、行政関係者も参加していますし、

ブースには複数のNPOの活動報告書なども並んでいます。

 

他の医療系の学会だと、学会の入会条件として、推薦者がいることや、学会のテーマに関連した論文が必要なところもあります。まあ、いろいろ理由はありますが、事実上患者参加の障壁にもなっています。

 

そうした学会が

「患者とともに●●病の過去・現在・未来」というテーマで学会が開かれたりもしていまして、微妙なセンスだなあと、思わなくもないです。気のせいですかね。

 

まあ、こういったたわいのない雑談をしているなかで、たとえば、患者参加型の良さや、生活感覚が医療の中で普通に根付くこともいいなあ、みたいなことを話題にすることもあるわけですが、エイズ学会もそうしたとてもいい雰囲気の学会のひとつです。

 

今回のエイズ学会で、ちょっとした立ち話で耳に入ってきたのは

「なんか、シンポジウムの結論が、なにか恣意的じゃなかった?」

「あのテーマは本来もめそうなんだけど、特に意見なかったのかな」

「あの企業のランチョンに、あの先生でてるんだー」

 

みたいな、学会のすこし気になるいつものエイズ学会と違ったざわついた雰囲気でした。

まあ、ふつうはこうした偶然耳に入ったやり取りは、ノイズとして聞き流すのですが

なんとなく、

 

エイズ学会が始まる前の1980年代、

たとえば、薬害エイズ事件の裁判提訴の前にも

 

「患者会の会報誌に企業の広告出講が増えた」

とかいうのはわかりやすいけれども

「なんか、雰囲気が違うな」

 

ということがあったのではないか、と思いました。推測ですが。

 

ただ、海外の学会参加したときでも、アカデミックな部分と、たとえば企業ブースの商談的な雰囲気というのはじっさいに強烈に違っています。

 

そして、エイズ学会の雰囲気のよさ、ということも経験していますので、すこし気になるシグナルとして記憶しておこうと思います。

 

学会参加も数が多くなってきたので、無意識に感じる違和感というものも、これがどういう意味なのかわからないのですけれども、とにかく、学会では、客観的な事実の情報共有を基本にしながらも、やはりアカデミックは人がつくるものでもあるので、質の高い雑談や、雰囲気なども記憶やこうしたコラムに備忘録的にとどめておこうと思いました。

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