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20年前、20年後

AIDSという疾患は1981年に米国で認められました。
実際には既に世界中に広がっていたと思われます。10年後の1991年に使用できた抗ウイルス薬はAZT(レトロビル)しかありませんでした。この時期はまだHIV感染症=AIDSであり、「AIDS=死に至る病」でした。しかし20年後の2001年にはLPV/rtv (カレトラ)、EFV(ストックリン)、3TC(エピビル)、d4T(ゼリット)、NFV(ビラセプト)、RTV(ノービア)、ABC(ザイアジェン)、他多数の抗HIV薬が使用可能となり、HAART(強力な抗HIV療法)が当たり前となっていました。もはやHIV感染症はAIDSではなくなりました。治療により免疫を長期に保つことが可能となったからです。 AIDSが認知されてから20年後、HIV感染症は「管理可能な慢性疾患」になっていました。

2009年米国医学雑誌に、HIV感染者の骨髄移植の報告がありました。 HIV感染者が白血病を発症したのです。白血病を治療するため骨髄移植が必要でした。医師らはその骨髄移植に工夫を加えました。HIVはヒトの細胞に感染する時、主に2つの細胞表面の凸凹(蛋白質=レセプター)を利用します。その1つがCD4です。もう1つはセカンドレセプターと呼ばれ、CCR-5とCXCR4の2種類があります。欧米にはこのCCR-5レセプターに欠損がある人々がいます。CCR-5レセプターに構造的に欠損がある人々はHIVに感染しにくいことが分かっています。骨髄移植には「CCR-5レセプターに構造的に欠損がある人から採取した骨髄」が使用されました。抗癌剤を大量に使用後、骨髄移植が実施されました。そして白血病治療が成功後、この患者の抗HIV療法が中断されたのです。移植以前、抗HIV 療法なしには血液中のHIVRNA量が抑制されることはありませんでした。しかし骨髄移植後、抗HIV療法が中断された後でも、血液中のHIVRNA量はリバウンドしませんでした。骨髄移植はそれ自身に危険性があり、元気な患者に勧められる方法ではありません。しかし、抗HIV療法なしにウイルスの増殖を抑制する可能性が示されたのです。更にこの話が凄い所は、希望した結果が予想通りに達成されたことです。医学の治療では「予想通り」が常に起きるとは限りません。しばしば予測は裏切られます。科学の進歩は予測が裏切られることで前に進んできたもいえます。予想通りに達成されたということは、今回の骨髄移植に関する限り「HIVに関する知識体系にそれほど抜けがなかった」ことを意味しています。長年に渡る基礎研究が高度な治療を可能にしたのです。 AIDSが認知されてから28年後には、多くの知識と成果が積み上げられていることになっていました。

次の10年後、次の20年後には、どのような進歩が達成されているのでしょうか。「治る」ことも夢ではないかもしれません。2010年の現在、HIV患者の治療目標はより高い所を望めるのではないかと思います。現在の治療の目標は「完治する治療が現実化した時に、その治療法に乗れるように準備しておくこと」ではないかと思います。どうような準備が良いかは、治療法がまだない現時点では想像もつきません。しかし医学には共通の鉄則があります。例えば外科手術においても、例えば骨髄移植や臓器移植においても、治療開始時の患者の単純な「元気さ」が治療の成功に非常に重要であることが分かっています。未知の「完治する治療」に備えて元気でいることが非常に重要です。またHIVの治療を難しくしているのは、HIVがヒトの細胞内(多分染色体内)に隠れていることです。「完治する治療」はこの隠れているHIVに対する治療となることは間違いありません。実は、抗HIV療法を成功させ続ければ、この隠れているHIVの量が減ることも分かっています。そうだとすれば、現在抗HIV療法を実施している患者の場合には、抗HIV療法の成功を持続させることが「完治する治療」への手助けになる可能性があるのです。

当然ながら、予想もつかない治療法が出現するかもしれません。多くの欠陥や失敗を内包しつつ、総体としての科学の進歩は素晴らしいものではないでしょうか。その「科学の進歩は期待するに値するものである」ということを今までの29年間が明示していると、当方には思えます。

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