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被害者が亡くなる、そのとき医療者の対応は

 

7月から8月にかけて、4人の薬害HIV感染被害者が亡くなった。

みな、以前からの友達。

危篤状態と、危ないときに立ち会った人

経過を毎日連絡を受けた人

家族(その人の奥さん)から、後に怒りを秘めた話を伺った人

40代から50代前半と、皆、若い。

そして長年、HIVと血友病、そしてC 型肝炎に悩まされてきた人

多くが経験したのが、「うちの病院で十分対処できる」と最善の医療を更に追求しようとしな

い傲慢さ。

それで、いざ手に負えなくなると、モルヒネ使いましょうか、鎮静剤を多くしてあります、

〇〇さんは、あと1週間ぐらいですか、と。

しかし、それまで意識ははっきりしていて言葉を交わせていたのに、だんだん意識は薄らぎ

次第に眠りも深くなる。家族の描いていた見取りより、

ずっと急な形で愛する人が遠くなる。1週間は持たずに2-3日で息を引き取った。

本当に手を尽くしてくれたのか。 こういう展開の説明はなかった。

最後はケアする医療スタッフ人たちは少なくなったよね。

休みの日に危ないといっていたのに当直医一人と看護師一人なのかよ。

 

説明不足、最後の見取りの医療者側の心持や篤さの不足、あまりに簡単事務的な対応、

亡がらを引き取る家族にとって、そのギャップに悲しみは倍化し、変、変? と、

何もかも腑に落ちないものがいつまでも残る。

医療不信や医療訴訟の素地は、一人の命を以下に丁寧に扱い最善を尽くすか、そして

家族への思いやりをもった見取りがいかに大切か、医療者のやってやるぜという心持と、

マナーとして身につけることを学んで欲しい。

 

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